「生産システムの進化論」に学ぶ

書籍「生産システムの進化論」に目が留まった。四半世紀前、1997年出版の、決して新しい書ではない。当然だがAIだ、DXだという話は出てこない。生産性とか生産リードタイムとか、地味な生産用語が並ぶ。

1990年代に入るとバブルがはじけ、日本のものづくりは失速した。失われた10年が20年に、そして30年が過ぎようとしている。その間、中国の台頭とIT産業の隆盛で世界の景色はすっかり変わった。

もちろん、日本のものづくりが再起不能状態にあるわけではない。きらりと光る企業もあまたある。その中でもトヨタは別格。

1990年代の不況突入時にトヨタの強さが際立った。不況脱出にあえぐのはモノづくり企業だけではない。郵便事業や病院、行政事業までもが“藁をもつかむ”思いでJITだ、カンバンだと、トヨタ生産方式を取り入れようとした。

本書はそんな“トヨタ狂騒曲”が鳴り響く時期に編まれた。副題も「トヨタ自動車にみる組織能力と創発プロセス」とあり、トヨタを通してみた時代背景を読みとれるかもしれない。

著者 藤本隆宏氏のプロフィールを簡単にまとめてみる。

1955年6月12日生れ。1990年から東京大学経済学部助教授、1999年 ~ 2021年、東京大学大学院経済学研究科教授、2004年同研究科にものづくり経営研究センターセンターの立ち上げに尽力。2021年4月より早稲田大学大学院経営管理研究科ビジネス・ファイナンス研究センター研究院教授。専門は技術・生産管理、進化経済学。トヨタ生産方式をはじめとした製造業の生産管理方式の研究で知られる。「現場から見上げる企業戦略論」、「現場主義の競争戦略」、「生産マネジメント入門(I)・(II)」等著書多数。ここで題材とする「生産システムの進化論」は1998年、組織学会著書部門賞を受賞。またThe Evolution of a Manufacturing System at Toyotaで2002年、恩賜賞 (日本学士院)を受賞している。

ザっと経歴をみると、藤本氏の活躍の時期と失われた30年が重なる。2004年といえば、停滞から抜け出す気配もなく、“失われた10年”が流行語となっていた頃だ。藤本氏が日本最高峰の東京大学を舞台にものづくり経営研究センターを立ち上げたのも、低迷にあえぐ日本のものづくり産業をほっておくわけにはいかない、という思いがあったからであろう。ハーバードで学び世界を俯瞰しながら、一方モノづくりの現場に足しげく通い、知りえた知識をわかりやすく咀嚼して関係者に還元してきた。停滞する日本のものづくりを支え続けてきた藤本氏の影響力は大きい。

藤本氏の努力の跡を振り返り、学ぶべきものは学び、時代に合わない考え方や不備な点があれば率直に指摘させていただきながら、次代へ進む方向性を探ってみる。その材料として「生産システムの進化論」を取り上げさせていただく。本人に確認したところ、「生産システムの進化論」は四半世紀前の著書ではあるが、記述内容は今も変わらない、とのこと。一貫したものづくりに対する考え方を学び、DXやAIで激変する次代のモノづくりにどのように生かせばいいか、日本のものづくり産業の復活の一助になれば幸いである。